タイトルからすると、「母を訪ねて三千里」っぽい話しかな?と思われるだろう。
ハズレではないが、実際主人公のソンツェフ少年が
母親探しに出かけるのは、 物語りも後半になってからで、そこに行くまでは、
現在のロシアの孤児たちの状況など、社会問題が描かれている。


というのも、舞台は孤児院なのに、
何故かソンツェフ少年が洗車のアルバイトに出たり、
そして稼ぎを年長の少年(10代半ばくらい?)に取り上げられたりしている。
また、文字を年長の少女(これも10代半ばくらい?)に教わったりしている。
孤児院で字を習ったりしないのか?ナゾである。


という、日本とはイメージの違った孤児院像に結構気をとられたりしながら見ていたが、
見終わってから考えてみるに、
この孤児院はとりあえず孤児を集めて必要最低限食べさせる程度で、
孤児の教育とかやっていないようであり、
院長は孤児たちをしっかり監督しようという気もなく、
だから、年長の少年少女たちは、籍は孤児院においておきながら、
自分たちで好き勝手に外で生活して、アルバイト以外に盗みとか、
少女の場合、援助交際とかをして生計を立てている様子なんでないかな?と思う。


話しが逸れたが、後半、裕福な家庭への養子の話を犠牲にしてまで、
ソンツェフ少年が実の母親探しに出かけ、運よく実母の情報を得るのだが、
なぜ、実母が彼を手放したかの事情が、
全然描かれないのは何故なんじゃーという、ラストであった。


私は最後近くまで見ていて、 多分、ヴェーラは実母ではなく、
実母の姉妹かなんかで、
実母はソンツェフ少年を出産後、肥立ちが悪くて死亡。
ヴェーラもその当時は学生かなんかで経済力がないから、
生まれたてのソンツェフ少年を孤児院に託したのかな?
ヴァーニャ(ソンツェフ)も、叔母さんに逢って気がすんで、
イタリア人夫婦のところへ養子にいくのかな?
というラストを予想したりしたのだが、、、、


あのラストの締めもなんなんだー
アントン少年で簡単に身代わりになれるなら、
マダムことジャンナと運転手の、ソンツェフ少年捜索の苦労もなんなんだー
という落ちでしたね。


そもそも、この映画のオープニングを見たときに、
主役はアントン少年のほうか?と思えるようなカメラアングルとか、、、、
テーマは感動的だと思うけど、細かいところはアラがある映画でした。


ただ、この映画の原題が「イタリア人」となっていたけど、
邦題のつけ方は、うまいと思う。



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コーリャ・スピリドノフ
角川エンタテインメント
2008-08-08





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